忍者ブログ
カレンダー
01 2018/02 03
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28
こんな映画も、レビューしてます★
最新コメント
最新トラックバック
プロフィール
HN:
lulabox
性別:
男性
自己紹介:
30代の編集者/ライター。ゲイ。映画、音楽大好きですが、仕事では書く機会がなく...。ので、こちらでは趣味全開にしちゃいます。
popdorianz@yahoo.co.jp
バーコード
ブログ内検索
P R
カウンター
映画はエンターテインメントでありつつも、アートフォームであって欲しいと願っています。    同じような気持ちで映画を観ているひとの慰みになれば幸いです★
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

原題:The Kids Are Alright
製作年:2010年
製作国:アメリカ
監督:リサ・チョロンデコ
出演:アネット・ベニング、ジュリアン・ムーア、マーク・ラファロ、
ミア・ワシコウスカ、ジョシュ・ハッチャーソン



________________________________________


「新しい家族の在り方」の模索は、
2000年代ゲイ映画の主要テーマのひとつであった。
そこでは主に「前例のない中で、これからどうやって家族を作っていくか」が
語られていたが、
本作ではあらかじめ、主人公のレズビアン・カップルに
18年の子育てキャリアが与えられている。
つまり新しいかたちの家族が誕生して、その後どうなったかを描こうとしているのだ。
マイノリティの権利闘争が、現実として最も活発に行われているアメリカならではの、
一歩進んだゲイ映画であり、ファミリー映画でもあるというわけ。

面白いのは、従来映画の中でゲイとストレートに与えられてきた
それぞれの役割が、本作の中では反転していること。
家族を大切にして生きているのはゲイの方で、
ストレートは自由気ままに生きていくために、
孤独の恐怖から目を逸らしている。

ゲイの僕は当然心情的に、レズビアン・カップルに加担した。
ジュリアン・ムーアとマーク・ラファロの濡れ場は
たまらなくイライラと来たのだが、
さて現実に自分の生き方はどうなのだろう、と考えてしまう。

ゲイの婚姻制度が今後数十年の間、もしかしたら永遠に成立しそうもない
日本に生まれたからという背景もあるが、
僕の人生の中に”家族を作る”という選択肢は存在していない。
もちろんアメリカでさえ、まだまだ大半のゲイは僕と同様の考えであるはずだ。

鑑賞後はとりあえず、ストレートの男性が
家族へ迎え入れられない展開に溜飲を下げたのだが、
その惨めな姿はほかならぬ、自分自身の末路なのかもしれない。
さまざまな労苦と責任に背を向け、
享楽的な人生を送ったからには、
その後ある種の虚無や孤独と直面することを、避けては通れないのだ。
そこにゲイ/ストレートという、セクシュアリティの差はないのである。
ほかならぬゲイに向けても、
「いま一度ライフスタイルの再考を」と促す監督の意図が、
本作には充分に込められている気がしてならなかった。

賞レースでは主にアネット・ベニングへの評価が集中したようだが、
個人的には今回も、ゲイがらみの作品を選んだジュリアン・ムーアに好感を持った。
記憶に新しいところでは『シングルマン』での助演、
さらにトッド・ヘインズ(『エデンより彼方に』『ケミカル・シンドローム』)や、
トム・クレイン(『美しすぎる母』)など、ニュークイアシネマ系監督のミューズとして、
映画好きのゲイには無視できない存在である。
角度によっては希代のゲイアイコン、マドンナにも似ているしね~★

ポチッとお願いいたします★

拍手[1回]

PR
原題:The Runaways
製作年:2010年
製作国:アメリカ
監督:フローリア・シジスモンティ
出演:クリステン・スチュワート、ダコダ・ファニング、
マイケル・スチュワート、テイタム・オニール



___________________________________

僕は大の音楽好きだが、なかでも特に、女性の表現に注目している。
女の子バンドは、もちろん大好物!
この映画の主役であるバンド、ランナウェイズが、好きだった時期もある
(リアルタイムではないが……)。
しかしポップ・ミュージックカルチャーにより深くはまるに連れ、
彼女たちへの興味は薄れていった。
「ダサい」と蔑むようにすら、なっていたかもしれない。
ロックが男の物だった時代に登場したランナウェイズは、
男以上に激しいイメージ、サウンドを打ち出そうと、無理を重ねていた。
80年代のニューウェーヴ以降、
よりナチュラルでしなやかな女性ミュージシャンたちが登場したことで、
ランナウェイズの遺した不自然かつキワ物的なイメージは、
際立って見えるようになってしまったのかもしれない。
僕の大好きな日本の女の子バンド、ゼルダのメンバーはこう語っている。
 「今まで女の子バンドというと、下着みたいな格好で歌うランナウェイズとか、
  その真似をした日本のガールズしかいなかった。
  私たちは女性だけでもアートの香りが漂うような、本物のバンドをやりたい」
女の子バンドのパイオニアのひとつとして、
道を切り拓こうと懸命だったランナウェイズは、
逆に反面教師のような存在として、忌み嫌われるまでになってしまったのである。

女の子バンドのプロデュースが暗中模索だった時代に、
自己表現を計ろうとした少女たちは、
どんなやり方で活路を見出そうとしたのか。
そして、なぜ同性からのリスペクトを得られなかったのか。
彼女たちの迷い、そして苦悩は、本作の中でつぶさに描かれていく。
音楽映画でもなく、伝記映画でもなく、
女性映画として立派に機能している作品だ。

ランナウェイズのメンバーの一人であり、
解散後に最も大きな成功を収めたジョーン・ジェットは、
本作の監修を担当している。
そのためかストーリーに大きな破綻はないが、
自らの同性愛傾向を包み隠さず描かせていることに、驚いた。
ヴォーカルのシェリーとの間に、
肉体関係を含む愛情の交歓があったなんて、想像もしなかったのだ。
女性バンド内でのレズビアン関係なんて、
当時にしてみれば、あまりにお誂え向きのスキャンダル。
セレブたちが次々とカミングアウトを試みる現代とは違い、
表沙汰になったら、致命的な打撃を受けたと思う。
しかしジョーンのキャラクターを鑑みれば、
それはあまりに自然なことだった。
もしかしたら僕が知らなかっただけで、
近年に公式のカミングアウトもあったのかもしれない。
とにかく彼女は、さまざまな意味でパイオニアだったのである。

本作で長編は2作目だという、
新進女性監督のフローリア・シジスモンティは、PV畑の出身。
ビョークやマリリン・マンソン、そしてクリスティーナ・アギレラなど、
人気アーティストたちの作品を手がけてきたことで知られている。
今回は俳優たちの頑張りや、ランナウェイズという”レジェンド”の
陰に隠れるかたちとなり、自己主張は控え目だが、
エレベータの中で朦朧とするシェリーや、
行き詰ったジョーンの描写などに垣間見える、幻想的なタッチに個性を感じた。
次回作ではぜひ、その作家性を存分に発揮してもらいたい。


悩殺爆弾のスイッチを、ポチッ★

拍手[0回]

原題:Potiche
製作年:2010年
製作国:フランス
監督:フランソワ・オゾン
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ジェラール・ドパルデュー、ファブリス・ルキーニ、
カリン・ヴィアール、ジェレミー・レニエ、ジュディット・ゴドレーシュ



_________________________________

以前このブログで、オゾン監督の『8人の女たち』をレビューした。
スペシャル・エディションのDVDを購入したタイミングだったはず……。
女優たちへのインタビューが収録された
ボーナス・ディスクもついていたので、
それについての感想も、確か書いたはずである。

カトリーヌ・ドヌーヴは『8人の女』に出演した女優の中で、
名実ともにトップの存在感を放っていた。
それゆえインタビュー中も、歯に衣着せぬ発言がポンポン飛び出す。
おだやかに監督の良い部分を褒め称えながらも、

「監督は女優をうまく撮ると評判だけど、私はそう思わなかった」
「彼は俳優に、自由な演技を認めないの」
「今回私が演じたのは、すごくヤな女」
「監督はこの映画に女優へのオマージュを込めたけど、女性そのものは賛美していない」

と辛辣な意見を口にしていた。その姿からは、
「ここ10年くらいで名前を上げた監督が何? 私は自分の意見を言うわ。
彼を批判したところで、私の地位は揺らがないわよ」というプライドが感じられて、
個人的には「ドヌーヴ様、かっちょええ」と感心したものだ。
この映像を、オゾン監督も当然目にしたことだろう。

そうした”リビング・レジェンド”からの挑発を、
真っ向から受け止めた結果本作の企画が生まれ、
『8人の女』以来のコラボが実現した……、
などと言ったら、ちょっと穿ちすぎ?
しかしドヌーヴ扮する主人公の生き方が徹頭徹尾肯定されている本作は、
正真正銘の”女性賛美”映画だった。

コメディだったせいもあるのだが、
個人的には、とにかく手放しで楽しめた作品。

まずキャラクターの人物像が、よく練り上げられている
(いまどきの観衆が「こんなババァダサい」と退屈しないよう、
ドヌーヴにはビッチな性格も充分加味されている)。

70年代後半という時代背景を忠実に再現しようと試みる、
美術・衣裳のこだわりぶりが楽しい
(娘役の髪型はまんまファラ・フォーセット。
ディスコのシーンはバカラの『Parlez-vous Francais?』でお出迎え、などなど……。
こうしたデティールは、本筋を追う以外の楽しみを与えてくれる)。

映画は基本的に「嘘」であるという前提を、
フル活用した脚本にはご都合主義も目立ったが、
起伏のある展開で、飽きさせない。
そのうえ60代のドヌーヴ、ドパルデューによるラブシーンに、
老醜を超えたロマンチシズムまで与えてしまう、見事な手腕はどうだろう!
これだけの要素を1本に結実させる実力、やはり並大抵ではない。

毎回コメディというわけにもいかないだろうが、
またこんな楽しい作品を撮って欲しいと、
切にお願いしたい気持ちでいっぱいだ。

拍手[0回]

material:ふわふわ。り  template:ゆずろぐ

忍者ブログ [PR]